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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)2709号 判決 1963年4月26日

判   決

東京都中野区富士見町三八番地

原告

島野保

同所

原告

島野勇

東京都中野区新井町四丁目五一番地

原告

窪寺定子

右三名訴訟代理人弁護士

長瀬秀吉

鈴木喜三郎

吉田和夫

東京都文京区駒込上富士前七二番地

被告

野口公也

右訴訟代理人弁護士

工藤祐正

右当事者間の損害賠償請求訴訟事件について、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

1、被告は、原告保に対し金一五七、九〇〇円、原告勇に対し金一〇、〇〇〇円、原告定子に対し金八五、〇〇〇円及びそれぞれこれに対する昭和三七年四月二九日以降支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

2、原告勇のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は、全部被告の負担とする。

4、この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「1、被告は、原告保に対し金一五七、九〇〇円、同勇に対し金四一、五〇〇円、同定子に対し金八五、〇〇〇円及びそれぞれこれに対する昭和三七年四月二九日以降、支払ずみに至るまでの年五分の割合による金員を支払え。2、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、(以下省略)

理由

一  昭和三六年一〇月五日午後一〇時三〇分頃、中野区新井町新井小学校裏交叉点において、訴外大久保が運転する被告車と原告勇が運転する原告車とが衝突したことは、当事者間に争いがなく、(証拠―省略)によると、右衝突事故によつて、原告勇は、全治まで約一〇日間を要した前額部挫創及び左膝挫創の傷害を受け、原告車は、大破し、原告定子方の煙草小売店舗が損壊されたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

二、1 (証拠―省略)を総合すると、本件事故発生現場は、中野区新井町四丁目五一番地先であり、北方の沼袋方面から南方の改正通り方面に通ずる幅員九・九七米の道路と、東方の薬師駅方面から西方の刑務所通り方面に通じる幅員一一・九米の道路とが直角に交る交叉点であつて、路面は、いずれもアスフアルトで舗装されていること、そして、この交叉点は、交通整理は行われていないし、東西に走る道路から交叉点に入る手前の箇所は、東京都公安委員会によつて一時停止の場所として指定され、進行方向の各左側にその旨を表示した標識が設けられていること、訴外大久保は、被告車を運転し、東方から西方に向つて時速約四〇粁の速度でこの交叉点にさしかかつたのであるが、右一時停止の標識に気付かず、前示の速度の儘交叉点に進入する直前ころ、南方から北方に向つて被告車とほとんど同時にこの交叉点に進入しようとしている原告車を発見し、危険を感じて急制動の措置をとつたが間に合わず、交叉点のほぼ中央付近において、原告車の右側面に被告車の前部を激突させたこと、そのため原告車は、その後部を左に大きく廻転し、交叉点の西北隅の位置にある原告定子方の前示店舗に激突し、これを損壊したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。およそ、交通標識に従つて自動車を運転すべきことは、自動車運転者として最も根本的な義務であるから、これを見落すことがないよう注意すべき義務があることはいうまでもないことである。ところが、訴外大久保は、前示の交叉点にさしかかつた際、一時停止の標識に気付かなかつたのであるから、この点においてすでに右の義務を怠つたものといわなければならない。更に、前示のような交叉点を通過しようとする場合、自動車運転者としては、あらかじめ減速して、前方及び左右の安全を確認し、危険を感じたときはいつでも停車できる状態で進行すべき義務があるし、車輛は交通整理の行われていない交叉点に入ろうとする場合において左方の道路から同時に当該交叉点に入ろうとしている優先順位が同じである車輛があるときは、当該車輛の進行を妨げてはならない義務がある(道路交通法第三五条第三項)。しかるに、大久保は、これらの義務をも怠つて、徐行もせず、時速約四〇粁の速度のまま漫然と進行したため前示のように原告車と衝突するに至つたのであるから本件事故が同訴外人の過失によつて惹起されたことは明白である。

2、しかし、本件事故の発生については、原告勇にもまた過失があつたことが認められる。すなわち、前掲各証拠を総合すると、原告勇は、原告車を運転して南方から北方に向つて時速約三〇ないし四〇粁の速度で進行し、交叉点の手前で僅かに減速したこと、被告車のスリツプ痕は、前示衝突地点から東方に八、一五米の長さで残されているのに反し、原告車のスリツプ痕は、衝突地点から八米南の箇所以南に残されているだけで、衝突地点までは継続していないこと、衝突の結果原被告車共に大きく西南方に移動していることが認められ、したがつて、右衝突は、原告車が停止した後これに被告車が衝突したものではなく、両車共進行中に衝突したものであることが容易に推認できるのであつて、右認定に反する証拠はない。そして、前示のような交叉点を通過しようとする場合自動車運転者たる者は、あらかじめ減速して前方及び左右の安全を確認し、危険を感じたときはいつでも停車できる状態で進行すべき義務があることはすでにみたとおりであり、この義務は、自車の進路と交叉する道路を進行する車輛についてのみ一時停止の義務が課せられている場合であつても、免れうるものではない。しかるに、原告勇は、この義務を怠り交叉点の手前で僅かに減速したのみで漫然と進行を続けたため被告車と前示のように衝突するに至つたのであるから、本件事故は、同原告の過失もまたその一因となつて発生したものといわなければならない。

3、被告が被告車を所有し、これをその被用者である訴外大久保に運転させて梱包運送業を営んでいた者であることは原告らと被告との間において争いがない。してみると、本件事故によつて原告らが蒙つた損害は、民法第七一五条の規定にいわゆる被告の「事業の執行につき」加えられた損害というべきであり、また、被告は、自賠法(自動車損害賠償保障法)第三条の規定にいわゆる「自己のため自動車(被告車)を運行の用に供する者」と解すべきである。前示甲第六号証によると、本件事故発生の夜、訴外大久保は、その私用で被告車を運行していたものであることが認められるが、このことは、右の解釈の妨げにはならない。蓋し、民法第七一五条の規定にいわゆる「事業の執行につき」並びに自賠法第三条の規定にいわゆる「自己のため自動車を運行の用に供する者」とは、具体的個別的な場合における当事者の主観によることなく、客観的な行為の外形により、又は、抽象的、一般的に自動車の運行利益を享受する地位にあるかどうかによつて決すべきものと解されるうえ、自己の自動車の運転を可能ならしめた者は、運転者の権限外の運転についても責任を負うべきことは当然だからである。

4、かくして、被告は、原告勇の後記の損害については自賠法第三条の規定により、その余の原告らの損害については民法第七一五条の規定によつて、それぞれ賠償すべき責を免れることができない。

三  1、(証拠―省略)によると、原告保は、原告車の所有者であるが、これが前示のように大破したので、訴外東京日野自動車株式会社にその修理を依頼し昭和三六年一一月二四日右修理代として金一五七、九〇〇円の支払いを余儀なくされ、もつて、同額の損害を蒙つたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(前示甲第三号証、同第五、六号証の各記載中には、原告車の損害は、約一二万円である旨の部分があるが、これは一応の推定額であつて採用しがたい)。

2、(一) (証拠―省略)によると、同原告(原告勇)は、本件事故の発生によつて前示のように受傷し、直ちに訴外松井病院において手当を受けて帰宅したが、左膝の屈折が困難なため翌日から三日間勤めを休み、事故後約一〇日間訴外佼成病院に通院して治療を受けたこと、その結果ほとんど全治し、現在さしたる後遺症もないことが認められ、この認定に反する証拠はない。これらの事実と、本件事故の態様、同原告の年令、職業その他諸般の事情を考慮したうえ、更に、前示の同原告の過失をも斟酌して、被告らに賠償を命ずべき慰藉料額は金一万円をもつて相当と認める。

(二) 原告勇は、右の他、治療費及び休業による得べかりし利益の喪失による損害を蒙つた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠がないから、同原告の右請求部分は失当である。

3、(証拠―省略)を総合すると、原告定子は、本件事故の発生によつてその煙草小売店舗(ウインド)を修繕不能の状態に破損され、これを新築するためには金八五、〇〇〇円を必要とすることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(前示甲第三号証、同第五、六号証及び同第九号証の各記載中には、同原告方の損害は約八万円である旨の部分があるが、これも前同様一応の推定額であつて採用しがたい。)。したがつて、同原告は、本件事故の発生によつて金八五、〇〇〇円相当の財産的損害を蒙つたものというべきである。

四  そこで、被告に対し、原告保は金一五七、九〇〇円、同勇は金一万円、同定子は金八五、〇〇〇円の各損害賠償(原告勇に過失のあつたことは前示のとおりであるが、原告保並びに同定子の各損害賠償額を定めるについては、これを斟酌しない。蓋し、同原告らの各損害は、いわば訴外大久保と原告勇との共同不法行為によつて生じたものというべきであるところ、被告が運帯債務者である大久保の使用者ないし被告車の運行供用者として原告保並びに同定子らに対し、その前示各損害について全額の賠償義務を負うことは当然であるし、他面、原告勇の過失を、いわゆる「被害者側の過失」として原告保並びに同定子らの過失と同列に扱うべきではないと解するからであり、原告保と同勇とが兄弟であることは、右の解釈の妨げにはならないと考える。)と被告に訴状が送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和三七年四月二九日以降支払ずみに至るまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分の本訴請求は正当であるが、原告勇のその余の部分は失当として棄却すべきものであり、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 羽 石   大

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